『太平廣記』巻一 「神仙一」 ②「木公」

次の文章は、「木公」という人物についてです。

 

【原文】

木公,亦云東王父,亦云東王公。葢青陽之元氣,百物之先也。冠三維之冠,服九色雲霞之服。亦號玉皇君。居於雲房之間,以紫雲爲葢,青雲爲城。仙童侍立,玉女散香,眞僚仙官,巨億萬計。各有所職,皆禀其命,而朝奉翼衞。故男女得道者,名籍所隷焉。

昔漢初,小兒於道歌曰,著青裙,入天門。揖金母,拜木公。時人皆不識,唯張子房知之。乃再拜之曰,此乃東王公之玉童也。葢言世人登仙,皆揖金母而拜木公焉。或云,居東極大荒[1]中,有山焉。以青玉爲室,深廣數里。僚薦眞仙時往謁,九靈金母[2]。一歲再遊其宮,共校定男女眞仙階品功行,以昇降之,總其行籍,而上奏元始,中開玉晨,以稟命於老君也。天地刼歷,陰陽代謝,由運興廢。陽九百六,擧善黜惡,靡不由之。或與一玉女,更投壺焉。每投,一投十,[3]二百梟。設有入不出者,天爲𡄵[4][5]。梟而脫悟不接者,天爲之嗤。儒者記而詳焉。所謂王者,乃尊爲貴上之稱,非其氏族也。世人以王父王母爲姓,斯亦誤矣。出仙傳拾遺[6]

 

[1] 「荒」原作「芦」。據明鈔本改。

[2] 「母」原作「丹」。據本書巻六十三「驪山姥條」改。

[3] 『説郛』七引「十」作「千」。

[4] 呼監切。

[5] 嘘,呼者。言開口而笑也。

[6] 明鈔本作『神仙傳拾遺』。

 

【日本語訳】

木公は、別名東王父とも言い、また東王公とも言う。思うに春の元気、万物の祖先である。三本紐の冠をかぶり、九色の霞が描かれた服を着ていた。彼は玉皇君とも号された。隠者の家におり、紫の雲を天井とし、青い雲を町とした。仙童がそばに控え、玉女がお香を散らし、家来や仙官は、何万何億といた。彼らはそれぞれ職業があり、みな木公の命を受け、彼に仕えてそばに控えていた。だから道を得た男女は、戸籍に名が記されて彼に従うことになった。

昔の漢の始めごろ、子供が道でこんな歌を歌っていた、「青いズボンを着て、天門に入る。そこで金母におじぎして、木公様にもごあいさつ」。当時の人々はみな意味を理解できなかったが、張子房だけが理解した。そこでその子供におじぎして言った、「この方こそ東王公の仙童である。思うにこの世の人が仙界に登ると、みな金母におじぎして木公にあいさつするという意味なのだ」と。ある人が言うに、「東方の辺境に山があり、そこに暮らしている。木公は青玉で部屋を作り、その大きさは数里にも及ぶ。仲間が神仙を推薦するときにみなここに行って謁見し、九霊金母が一年して彼の宮殿に遊び、ともに男女神仙の階級や功績をまとめて改訂し、昇進と降格の処分を下し、その業績をまとめ、元始天尊に上奏し、途中で玉晨が中を開けて確認し、命を老君に受ける。天地の災い、陰陽の移り変わりは、天運の興亡による。陽九百六の災いや、善を挙げて悪を退けるといったことは、みなこれに基づくのだ。」またある日木公が仙女一人と交互に投壺の遊びをしていた。投げるたびに、一回で十本投げ、二百勝した。もし入って出られないということがあれば、天は大笑いするだろう。もし勝ったのに外したと思えば、天はまた笑うだろう。儒者はこのことを記録した。王というのは、尊敬の号であり、氏族のことではない。しかし世の中の人々は王父と王母という姓の家族だと思いこんでおり、これもまた誤りである。仙伝拾遺より

 

【注釈】

  • 木公

東王父のこと。伝説上の仙人。西王母に対応する。『雲笈七籤』収録の『老子中経』「第三神仙」に名がある。

 

  • 著青裙,入天門。揖金母,拜木公

『真誥』巻五「甄命授」に見られる。

 

  • 金母

西王母のこと。古代神話における女神。

 

  • 張子房

張良。字は子房。秦末期から漢初期にかけて劉邦を補佐した人物。『漢書』巻四十に詳しい。

 

  • 九靈金母

上の「金母」と同じ、西王母のことか。原文では「金丹」となっているが、中華書局本では同書巻六十三「驪山姥」に「九靈金母」とあるのに基づき、改めている。

 

  • 元始

道教の最高天神。南朝宋の陶法景の『真霊位業図』には第一中位の最高位に位置する。また、『隋書』「經籍志」に、「道經者,云有元始天尊,生於太元之先,禀自然之氣,沖虛凝遠,莫知其極。」とある。

 

  • 玉晨

仙人の名前。陶法景の『真霊位業図』には第二中位の最高位に位置し、「萬の道の主」とされている。

 

  • 刼歷

「歴劫」の語で、「あらゆる災難を経験すること」という意味。もとは仏教用語

 

  • 陽九百六

あらゆる災難と厄運。『漢書』「律暦志上」によると、4617年を一元とし、その間に陽災(干ばつ)と陰災(水害)が交互に起こるという学説。武田時昌の『漢代厄運説の形成と数理』(国立歴史民俗博物館研究報告 2022.3)に詳しい。

 

  • 投壺

壺に向かって矢を投げ入れて遊ぶ遊戯。宴会の礼、及び娯楽で行われる。

 

賭博で勝利すること。『韓非子』巻十二に、「博者貴梟,勝者必殺梟,殺梟者,是殺所貴也。」とある。

 

もし。仮に。

 

  • 𡄵噓

口を開けて笑うこと。

 

もし。仮に。

 

  • 仙傳拾遺

五代の道士杜光庭の著作。また、明鈔本では「神仙傳拾遺」になっているが、漢魏叢書本の『神仙傳』には「木公」の項目がない。

 

【一言メモ】

東方朔の『神異經』(四庫全書本)に東王公についてのことが書かれており、それによると漢代には「長一丈,頭髮皓白,人形鳥面而虎尾」と化け物の様子で描かれていた。対になる西王母も初期には醜い姿で描かれており、『山海経』に半人半神の姿として現れる。

また、西王母より頻度は低いが、芸術作品や文学作品に登場することもあり、例えば和泉市久保惣記念美術館には後漢の「東王父西王母辟邪車馬画像鏡」が所蔵されている。さらに日本でも桃山時代の絵師、海北友松が「東王父西王母図」という屏風絵を描いた。

西王母に関しては『廣記』巻五十六に項目があるので、詳しくはそこで述べる。

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(談愷刻本を底本とし、小字で異同が記されている。)

 

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